サックス吹きが「ヴィンテージサックス」と聞いて真っ先に思いつくのがセルマーUSA、通称アメセルではないでしょうか?
セルマーUSA(アメセル)はなぜここで有名になったのでしょうか?今回は、発売されたモデルの観点からその歴史を見てみましょう。
また、同時期にフランスで生産されていた同型モデル(フラセル)との違いも合わせてご紹介します!
ヴィンテージサックス大全 その2【セルマーUSA】
セルマーUSA(アメセル)の歴史
19世紀後半、アメリカに渡ったセルマー兄弟の弟アレクサンダーは、兄ヘンリーがフランスで製造するクラリネット用品を販売するため、ニューヨークに出店します。
1904年のセントルイス万国博覧会でセルマー・パリのクラリネットが金メダルを受賞し、その名前が一気に有名になったことから、セルマーUSAを設立。この時点ではあくまでクラリネットがメインのメーカーでした。
1918年、アレクサンダー・セルマーは家族のビジネスの手助けのためフランスに帰国。セルマーUSAの経営は従業員であったGeorge Bundy(ジョージ・バンディ)が引き継ぎます。
バンディは小売りや流通ビジネスも展開し、フルートの生産を始めるなど、セルマーUSAの規模を拡大させる事に成功。
1927年(資料によっては1928年とも)にはセルマー兄弟からアメリカでのビジネス件を買い取り、セルマー・パリから独立。この時セルマー・パリとUSAの独占的代理店関係は残しているため、提携企業のようなイメージかと思われます。
これにより、セルマー・パリはプロ演奏家向けの高機能高品質な製品、セルマーUSAは学生やアマチュア向けの低価格な量産品の製造に集中していきます。
フルートの開発には力をいれていたセルマーUSAですが、サックスに関してはセルマー・パリのパーツをアメリカに輸入して組み立てる、という方式を取ります。(ノックダウン生産)
これは楽器のままアメリカに輸入すると莫大な関税により製品価格が上がってしまい、アメリカ国内での価格競争に勝てないという理由から、といわれています。
サックスに関してノックダウン生産の形を取った理由については様々な要因が考えられます。
- まだ若い楽器のため開発費がかさむから?
- サックスの市場規模がまだ小さかったから?
- 精度を必要とするパーツの生産ができる職人がアメリカにいなかったから?
様々な憶測はありますが、資料が少ないためはっきりとした理由はわかっていません。
1900年代初頭のアメリカでは、C.G.CONNを始めとするヴィンテージサックスメーカーが大人気でしたが、1936年のBalanced Action(バランスド・アクション)発売以降徐々に評価を獲得します。
そして1954年。ヴィンテージサックス最大の銘機とうたわれるMark.6(マーク6)が発売されると、セルマーUSAのサックスは不動の人気を獲得、アメリカのサックス市場を独占するほどになります。
しかし1970年代になり、力を付けたヤナギサワやヤマハといった日本製サックスが事情に介入し、人気は徐々に衰退。
フランス本社の経営難も相まって、1980年代の生産を最後に工場を閉鎖。セルマーUSAの歴史に幕を下ろしました。
セルマーUSA(アメセル)の機種
モデル22]
1921年に完成し、1922年に発売。セルマー初の商品化されたサックスです。
モデル26
1926年発売。写真はゴールドプレートのようです。
Cigar Cutter(シガー・カッター)
オクターブ機構がタバコの吸い口を切るシガーカッターに似ていることから名付けられました。発売は1930年。
シガーカッター以降は他社とは異なる設計が採用され、これによりセルマー独自の音質が実現します。
Radio Improved(ラジオインプルーブド)
1934年発売。シガーカッターのマイナーチェンジ版で、管体がより薄く設計されています。セルマーのサックスは、ここまでが旧世代型と言われています。
引用元:THE SAX ONLINE
Balanced Action(バランスド・アクション)
1936年発売。テーブルキーの配置を見直し、操作性が向上します。セルマーが世界的に有名になるきっかけとなったモデルです。
Super Action(スーパー・アクション)
1947年発売。後述する「スーパーアクション80」が発売されたことにより、現在ではそちらとの区別をつけるために通称で「スーパー・バランスド・アクション」と呼ばれます。
キイ配置がさらに改良され、トーンホールが直線的なインラインから、トーンホールが手の形に近い配置のオフセットキイになり操作性は大幅に向上。
これにより、さらに薄い管体構造を実現し、音質も飛躍的に向上しました。
この機種からセルマーUSAでのノックダウン生産(現地での組み立て)が本格化し、現代において「アメセル」と呼ばれるサックスが世に出回り始めます。後述のマーク6と並んで現在でも非常に人気のあるモデルです。
MARK Ⅵ(マーク6)
1954年発売。セルマーを世界のトップメーカーに押し上げた、サックス界でも非常に重要な歴史的モデルです。
開発当時にセルマーのアドバイザーを務めていた、サックス教本でも有名なマルセル・ミュールの意見が色濃く反映されている楽器です。
様々な改良点が搭載されていますが、アルト、テナーサックスに関してはほぼ現代のサックスのメカニズムに近く、サックスの最初の完成形といえます。
世界中のプロサックスプレイヤーがこぞって使用し、後に20年もの間生産されることになるセルマー最初のメガヒット機種であるマーク6。
【ソプラニーノ・ソプラノ・アルト・テナー・バリトン・バス】のフルラインナップで販売されますが、こうした【フルラインナップでの製造・販売】もセルマー初となりました。
こうして長期にわたり生産されたことから、マイナーチェンジが幾度となく行われているため製造時期によって特性が異なります。
シリアルによって良し悪しがある、というのは聞いたことがある方も多いのではないでしょうか?
マーク6はアメリカとフランス両方の工場で生産されていますが、アメリカで生産されたマーク6の人気が高く、その人気は現在でも衰えることなく続いています。
フランス製もアメリカ製もほぼ全てにおいてハンドメイドだった事から高い品質を誇り、アメセル=マーク6というイメージが最も定着しています。
Mark Ⅶ(マーク7)
1974年発売。セルマーにおいては、ハンドメイドによる生産(工場製手工業)よる生産方式として最後のモデルとなり、初期の生産を除いては現在に近いライン生産方式に移行しました。
時代の流れに対応すべく、電子楽器に囲まれた中でも音量を確保するための改良、競争力を高めるためのコストダウンが行われますが、前身のマーク6の評価が高かった事もあり、ヒットにはつながりませんでした。
マーク7の生産終了とともに、セルマーUSAとアメセルの歴史に幕が下りました。
この後セルマーのサックスはセルマー・パリのみでの生産販売となり、Super Action80(スーパーアクション80)、通称シリーズ1の生産半ばに現行製品である「Reference リファレンス」が発売され、現代のラインナップへと続いていきます。
現行のセルマー・パリのラインナップについてもこちらの記事で詳しく解説しています。ぜひお読みください!
セルマーUSA(アメセル)機種とシリアル一覧
発売年 | モデル | シリアルナンバー |
---|---|---|
1922 | Model 22 | #1400~ |
1926 | Model 26 | #5600~ |
1930 | Cigar Cutter | #14000~ |
1934 | Radio Improved | #20100~ |
1936 | Balanced Action | #22650~ |
1948 | Super Action | #38500~ |
1954 | Mark.Ⅵ | ※別表 |
1974 | Mark.Ⅶ | #233900~ |
※別表 マーク6シリアルナンバー一覧
発売年 | モデル | シリアルナンバー |
---|---|---|
1954 | Mark.Ⅵ | #59000~ |
1955 | #63400~ | |
1956 | #68900~ | |
1957 | #74500~ | |
1958 | #80400~ | |
1959 | #85200~ | |
1960 | #91300~ | |
1961 | #97300~ | |
1962 | #104500~ | |
1963 | #112500~ | |
1964 | #121600~ | |
1965 | #131800~ | |
1966 | #141500~ | |
1967 | #152400~ | |
1968 | #162500~ | |
1969 | #173800~ | |
1970 | #184900~ | |
1971 | #196000~ | |
1972 | #208700~ | |
1973 | #220800~ |
セルマーUSA(アメセル)とセルマーパリ(フラセル)の違い
Super Blanced Action以降、アメリカでのノックダウン生産が本格化したことによりアメセルとフラセルには「同型モデルかつ同じシリアルナンバー」が存在します。
アメセルとフラセルの大きな違いをご紹介します。
塗装
アメリカ製、フランス製どちらもゴールドラッカーがメインですが、ラッカー吹付後の処理に大きな違いがあります。
フラセル
ラッカー吹付け後に熱を加える「焼き付け」を行うことにより、塗装被膜が厚く腐食に強い反面、やや硬い音色となり、音抜けもアメセルほどではない
アメセル
ラッカー吹き付け後はほぼ自然乾燥。これにより管体の振動を妨げず、鳴りも音抜けも良い。反面腐食に弱くラッカーが剥げやすい。焼けた茶色のような、アメセル独特の色となっている。
彫刻
フラセル
ベルのフレアに向かって下から上へ蕾が描かれている。
アメセル
ベルから横に華が咲いている。総じて派手。
キイアクション
フラセル
クラシック奏者がコンサートホールで使用するのを想定しているため、音程の良さや音抜けを意識し総じてキイは高めとなっています。
アメセル
フラセルに比べ、キーが低めにセッティングされており、早めのパッセージも楽に対応できるようになっています。全体的にダークで、深みのある音色を狙ったセッティングです。
その他のアメセルの特徴
アメセルは生産された時期により、下記のような様々な工夫がなされています。
この理由には諸説ありますが、当時の生産設備の技術力の限界に由来する部品制度の悪さを、腕の良い職人たちの腕でカバーしていたのではないか、という理由があるようです。
当時の楽器職人たちの音へのこだわり、そしてそれを実現する技術の高さが見てとれるかと思います。
- ネックのオクターブ穴の内径を広げ音抜けの良さを確保している物がある
- ネックの内径を広げ音量の増大をはかっている物がある。ネック内径が広がると音程が低くなるため、マウスピースを深く差し込めるようコルクが長めに巻かれている。
- 息もれ防止のため、U字管と2番管がはんだ付けされているものがある。
- 音色のバランスを取るため、U字管内部に金属板(バランサー)が取り付けられている物がある。
- キーノイズ削減のために、オクターブ機構にコルクを取り付けている物がある。
まとめ
いかがでしたでしょうか。アメセル、とりわけマーク6はいまだに世界中で人気ですが、特に日本において高い需要を持ち値段が高騰していると言われていますが、その理由がお分かりいただけたかと思います。
性能だけを見ると現代の楽器の方がはるかに高性能かもしれませんが、ヴィンテージサックスでなくては出せない魅力ある音色は確かに存在します。
特にジャズを志すプレイヤーの方は、一度ヴィンテージサックスに触れてみることをお勧めします!
今回は「【アメセル】ヴィンテージサックス大全 その2【セルマーUSA】」についてご紹介してきました。
最後まで読んでいただきありがとうございました!